論文至上主義をゼロから考える〜その薬の効果はどのくらい?〜

猫好きの猫になりたい薬剤師です。どう医療に関わっていくか等々、薬剤師の一人である自身の感じたこと、考え方を投稿していきます。備忘録的な役割が大きいです。本ブログの記載内容については一切の責任を負えません。原著論文を参照して下さい。また情報の二次利用につきましては各々の責任でお願いいたします。記載内容に誤りがありましたら、ご指摘いただけますと幸いです。お問い合わせはこちらまで→【noir.van13@gmail.com】

海外の臨床試験の結果を日本人に当てはめられますか?

EBMを実践しようと論文を読み始めたときに、ふと『海外のデータばかりだな、日本人に活用できるのかな?』と思った。

 

今考えるとナンセンスで、どーでも良いことなのだが、当時の自分にとっては重要だった。

 

そんなとき、ある先生のコトバに横っ面をひっぱたかれた。

 

以下、一部抜粋。

『質問者は海外データはそのまま日本人に使えない、ということを主張したいのでしょうか。
それに対し私に何の反論もありません。その通りだと思います。しかし、ことさら人種差を持ち出すというところに違和感があります。
人種差は個人差の一要素に過ぎません。男女でも違いますし年齢でも違います。細かい病態も個人個人で違います。その一要素として人種を考慮することは重要です。

ただ、真っ先に人種差を問題にするというのはどうなんでしょうか。それはバイアスなのではないでしょうか。そう言いたいわけです。

これをもう少し一般化すると情報の外的妥当性の吟味ということです。

そもそも研究結果は研究に参加した平均的な人たちに対するものであって、個別の患者に適応する際には日本人のデータであろうが海外のデータであろうが個別的な適応、つまり外的妥当性があるデータなのか検討する必要があります。

人種の問題は、そういう当たり前の問題にすぎません。
エビデンスは、しょせん目の前の患者とは異なる集団での平均値に過ぎないのです。』

 

『人種間のばらつきは、人種内のばらつきに比べればかなり小さいというのが普通です。人種をことさら問題にするのは、こうした視点で考えてもナンセンスです。』

 

確かにそうだと思います。この日からEBMのStep4の実施が肝であるなということを考えるようになりました。

ピロリ菌の除菌治療は3剤より4剤の方が良いですか?

前回に続きピロリ関連の文献を紹介します。2016年 Lancet 誌に掲載された以下の論文です。

www.ncbi.nlm.nih.gov (PMID: 27769562

 

⌘ それではPICOから

 P:ピロリ菌陽性*の 1620 人(20 歳超の男女)

 I :ビスマス 4 剤療法、10 日間

  (2 クエン酸ビスマス 3 カリウム 300 mg、1 日 4 回

   +テトラサイクリン 500 mg、1 日 4 回

   +ランソプラゾール 30 mg、1 日 2 回

   +メトロにダゾール 500 mg、1 日 3 回)

 C:3 剤療法、14 日間、1 日 2 回服用

  (ランソプラゾール 30 mg+アモキシシリン 1 g+クラリスロマイシン 500 mg)

   併用療法、10 日間、1 日 2 回服用

  (3 剤療法+メトロニダゾール 500 mg)

 O:primary --- 1 次治療終了 6 週間後の呼気検査での除菌率

     secondary --- 有害事象とコンプライアンスの程度

 

*:迅速ウレアーゼ試験、組織学的、血液培養または血清検査のうち 2 つ以上の試験で陽性を示したか、尿素呼気テストで 13C 尿素値が陽性

 

⌘ 研究デザインは?ランダム化されているか?

ランダム化比較試験

割り付けは封筒法

 

⌘ ランダム割付が隠蔽化されているか?(selection bias は無いか?)

隠蔽化されている

「the  sequence  was  concealed  in  an opaque envelope until the intervention was assigned.」との記載有り

 

⌘ マスキングされているか?(ブラインドか否か?)

オープンラベルである

アウトカムからみてブラインドで行う有益性は低い

 

⌘ プライマリーアウトカムは真か?

真である

胃がん発生や死亡と比べると代理アウトカムの分類であるが、従来治療との比較という目的においては真であると判断した)

 

⌘ 交絡因子は網羅的に検討されているか?

 大項目で 18 因子について検討されているため問題ないと考えられる:性別、年齢、喫煙、飲酒、胃潰瘍、十二指腸潰瘍、CYP2C19 低代謝群 (PM)、BMI、体重、23S rRNA 変異(クラリスロマイシン耐性株で変異していることが多い)、GyrA 変異(ニューキノロン耐性株)、クラリスロマイシン耐性、メトロダゾール耐性、アモキシシリン耐性、レボフロキサシン耐性、テトラサイクリン耐性、Hピロリ陽性(血液検査、ウレアーゼ試験、組織診断、培養、尿素呼気試験)、胃体部の萎縮

 

 ⌘ Baseline は同等か?

同等である

 

⌘ ITT 解析されているか?

ITT 解析および per protocol 解析を実施

 

⌘ 脱落はどのくらいか?

Primary outcome において、どの群も追跡率は 80% を越えている

問題無し

 

⌘ サンプルサイズは充分か?

『a statistical power of 80% (1–β) at an α level of 5% significance on a two-sided test」

計算されており問題無し(事前検討で 400 あれば良いとの計算なので多い)

 

⌘ 結果は?

Primary outcome;

ビスマス 4 剤療法群の除菌率は 90.4%(488 例/540 例、95%信頼区間[CI]:87.6~92.6)で最も高かった。

次いで併用療法群で 85.9%(464 例/540 例、同:82.7~88.6)。

従来の 3 剤療法群は 83.7%(452 例/540 例、同:80.4~86.6)と一番低かった。

ビスマス 4 剤療法群の除菌率は、3 剤療法群に比べ有意に高率だった(群間差:6.7%、95%CI:2.7~10.7、p=0.001)。

一方、併用療法群との比較では有意な差は認められなかった。また、併用療法群と 3 剤療法群との比較でも有意差はなかった。

 

Secondary outcome:
有害事象発生率は、ビスマス4剤療法群が67%、併用療法群が58%、3剤療法群が47%だった。 

 

⌘ 考察

以前の臨床試験では、日本を含むほとんどの国で抗生物質に対する感受性検査が行われておらず、結果の一般化はある地域に限定されていた。
本ランダム化比較試験では、抗生物質への耐性や CYP2C19 多型、さらに細菌毒性因子(CagA および VacA)等、ピロリ菌除菌に影響を及ぼす可能性のある因子を広範に評価していた。従って人種差も含め genetic な背景の影響は少ないと考えられる。特にピロリ菌の感染はアジア圏に
多いことが知られているので、本結果は日本人にも充分に活用できると個人的には考えています。

 

但し、現在の日本の状況に当てはまるかは、もう少し考察が必要であると考えられます。特に薬剤の用量や投与期間は日本のレジメンと異なっています。

 

ですので、ここからは日本でのピロリ除菌について確認してみます。

以下は 2016 年 5 月発売のボノプラザン(商品名:タケキャブ)の添付文書から作成。

 

表10

各薬剤の1回投与量  除菌a)率  群間差 
ボノプラザン20mg
アモキシシリン水和物750mg(力価)
クラリスロマイシン200mg(力価)又は400mg(力価) 
     92.6%
 (300/324例)*

16.7%
[11.172%, 22.138%]b)

p<0.0001 c) 

ランソプラゾール30mg
アモキシシリン水和物750mg(力価)
クラリスロマイシン200mg(力価)又は400mg(力価) 
     75.9%
 (243/320例)*
 


( )*は除菌成功例数/評価例数
a)13C-尿素呼気試験の結果が陰性
b)投与群間差、 [ ] は両側 95% 信頼区間
c)許容限界値を 10% とした Farrington and Manning による非劣性検定

 

除菌失敗についての危険度は以下の通り:

 相対危険度 Relative Risk (RR): 0.30784

 相対危険度減少率 Relative Risk Reduction (RRR): 69.2%

 絶対危険度減少率 Absolute Risk Reduction (ARR): 16.7%

 

つまりボノサップはランサップと比べ、除菌失敗を 16.7% 減らせる

 

→ボノプラザンを使用すると除菌率高い!なんと 90% 超え!

論文内容の批判的吟味を行ってきたけど、日本でのピロリ菌除菌はボノサップパックとかボノピオンパックで良いんじゃない?というのが個人的感想

しかも1週間で除菌完了する

 

但し、日本ではクラリスロマイシン耐性菌が多いとの報告もありますので、今後、治療レジメンが変更になる可能性も充分にあると思います。

 

ちなみにボノサップパックもクラリスロマイシンの用量で 400 と 800 のパック製剤が販売されていますが除菌率に差異はないようです。

では、なぜ 2 規格販売になったのか?

これはランサップにならってというのが背景にあるそうです。

 

T 社の MR さんは、除菌率変わらないので薬価やコンプライアンスの観点からもボノサップパック 400 を推奨しています。できればデータを示して欲しいですよね!

→ということで調べてみました。

www.ncbi.nlm.nih.gov

(PMID: 26935876)

ボノプラザン 20 mg+アモキシシリン 750 mg+クラリスロマイシン 200 mg あるいは 400 mg(すべて 1 日 2 回、7 日間投与)の試験が行われ、除菌率はクラリスロマイシン 400 mg/day 投与群で 93.3% (152/163)、同 800 mg/day で 91.9% (148/161) と有意差は無かった。確かな情報でしたね!

→実はこのデータ、インタビューフォームに載っていました。MR さん、勉強不足でごめんなさい。

ピロリ菌除菌後にすぐ検査すると偽陰性となるのはなぜですか?

背景:Helicobacter pylorH. pylori)感染の診断と治療のガイドラインに以下の記載がある。またネット上では偽陰性を生じる薬剤として下記の薬剤が掲載されていた。

 

H.pylori感染の診断と治療ガイドライン (2009) 

PPI や一部の防御因子増強薬等、H. pylori に対する静菌作用を有する薬剤が投与されている場合、除菌前後の感染診断の実施にあたっては、当該静菌作用を有する薬剤投与を少なくとも 2 週間は中止することが望ましい1-3

→迅速ウレアーゼ試験および尿素呼気検査が特に影響を受ける

 

偽陰性を生じる可能性のある薬剤
プロトンポンプ阻害剤 (PPI)
 ランソプラゾール、オメプラゾール
→他の PPI も影響する。これはウレアーゼ活性抑制作用に起因している。
 
抗生物質全般
→でしょうね。
 
③胃粘膜保護剤
 スクラルファート、エカベト
→知らなかった。そこで論文検索したら、エカベトレバミピド尿素呼気検査において低値を示す可能性があるが、有意ではないとのこと。つまりPPI ほど気にしなくて良いのでは?というのが個人的見解。ちなみにランソプラゾール(PPI)、ニザチジン(H2-RA)、エカベトナトリウム、レバミピド、テプレノン、塩酸セトラキサートおよびスクラルファート(防御因子増強薬)について検討されているが、有意に偽陰性を示したのはランソプラゾールのみ(PMID:14614600)。
 
ビスマス製剤
 次硝酸ビスマス
→2016 年、ピロリ菌除菌における 4 剤併用療法の論文が発表された。結果は後ほど。

 

目的:原著論文にあたることで「検査前後の薬剤投与中止 2 週間の根拠」を明らかにする

 

方法:Pubmed での論文検索

 

結果:

1) Chey WD. Proton pump inhibitors and the urea breath test: how long is long enough?

 Am J Gastroenterol 1997; 92: 720-721.(PMID: 9128344

→本文は読めなかった。Am J Gastroenterol 1996; 91: 2120-2124.(PMID: 8855733)に対するコメント文献。

→元論文:十二指腸潰瘍患者におけるオメプラゾールのピロリ菌移行について検討した文献。

 P:4 週間オメプラゾールを投与された十二指腸潰瘍患者

 I :投与後 4-6 週間後に肛門生検(Genta染色:鍍銀法)の培養および組織学的検査

 O:H.pylori の有無または生検当たりの H.pylori コロニー数

 

結果:尿素呼気検査で false-negative となる可能性と、オメプラゾールによってピロリ菌が幽門洞から胃底部に移動するという説を否定する結果であった。

結論: オメプラゾール(PPI)は静菌作用を有しており、休薬 0〜2 週間後の尿素呼気検査では休薬不十分であるとする根拠の一つを示した。

 

2) Laine L, Estrada R, Trujillo M, et al. Effect of proton-pump inhibitor therapy on diagnostic testing for Helicobacter pylori. Ann Intern Med 1998; 129: 547-550. (PMID: 9758575

→Abstract のみ読めた。

目的:PPI 投与患者の尿素呼気検査結果の陽性から陰性への変換の頻度および期間を決定するための試験


設定:2つの都市大学胃腸科クリニック
 P:尿素呼気検査で陽性結果を示したH.pyloriに感染した患者
 I :ランソプラゾール 30 mg /日、28 日間
 O:尿素呼気試験を 28 日間実施。結果が陰性であった場合、治療完了後、 3、7、14
および 28 日後に試験を繰り返し、結果が陽性に戻った。


結果:H. pyloriが根絶されなかった 93 人のうち 31 人(33%)で呼気検査結果が陰性で
あった。ランソプラゾール治療終了後の呼気検査結果が陽性であった患者の割合は、3日目で 91%(95%CI:83%〜96%)、7 日目で 97%(90%〜99%)、14 日目で 100%(96%〜100%)であった。

 

結論:H.pylori 感染者が尿素呼気検査を受ける前には PPI を 2 週間休薬する必要がある。

 

3) Graham DY, Opekun AR, Hammoud F, et al. Studies regarding the mechanism of false negative urea breath tests with proton pump inhibitors. Am J Gastroenterol 2003; 98:1005-1009.(PMID: 12809820

→全文フリーで読めた。

 

 P:30 人(男 53.3%;平均 42.5 歳  37–55)の H.pylori 感染のボランティア患者

 I :オメプラゾール 20 mg を 1 日 2 回、13.5 日間投与

 O:尿素呼気検査(クエン酸を含む)は、PPI 投与前 1、2、4、7 および 14日、投与後 6.5 日に行った。また培養および組織学実験については、5 ヶ月以上の wash-out 後、被験者のうち 9 人がオメプラゾールで 6.5 日間再検討された。

組織学および培養のための腹腔およびコーパス生検を、PPI 投与前および投与に実施した。

 

結果:6.5 日目の尿素呼気検査では有意に減少した(陰性を示した;P = 0.031)。

10人の被験者(全体の 33%)が尿素呼気検査において一過性の陰性を示した。

尿素呼気検査においてPPI 投与後、4 日目では 1 人を除くすべての被験者で、14 日目には全ての被験者で回復が認められた(陰性から陽性に転じた)。

培養および組織学実験では、PPI 再検討時に 9 人の被験者のうち 3 人(33%)が尿素呼気検査で陰性を有した。ピロリ菌の密度については 、幽門洞生検で 5 例、胃底部生権で 3 例 が PPI 療法で陰性となった。

 

結論:オメプラゾール服用後の尿素呼気検査は、最低でも 3 日休薬後、出来れば 14 日後が望ましいとのこと。

 

 

以上の結果から、やはり 14 日間以上の休薬が必要である。

 (ピロリ菌の除菌薬服用後は、抗生剤の影響もあるため尿素呼気検査の実施は 4 週間以上あける必要がある)

 

ついでにピロリ菌の検査方法:

胃カメラを使用した検査方法
①迅速ウレアーゼ試験
②鏡検法
③培養法
胃カメラを使用しない検査方法
④抗体測定
尿素呼気試験
⑥便中抗原測定

 

→個人的には④と⑤の使用頻度が高いと感じている。患者さんの負担が軽いからかな?と思ったら、感度と特異度が共に 95% 以上あるようなので、これが根拠であると考えられる。保険の同時算定も可能なようです。

各検査の大まかな費用は下記サイトが分かりやすいかも。筆者は薬局勤務なので詳細はわからない。

www.pirorikin.com

そういえば「H.pylori感染の診断と治療ガイドライン (2016)」の作成方法については異論もあるようですね。
GRADE を使用していないのと、Minds 2007 を使用しているのが不適切とのことだが、ここの分野については詳しくないので、今後勉強します

クオリアqualiaとは?

クオリアqualia:
個々人が主観的に体験する"質(感じ)"のこと

 

以下、大辞泉より引用

→感覚的・主観的な経験にもとづく独特の質感。「秋空の青くすがすがしい感じ」「フルートの音色のような高く澄んだ感じ」など。感覚質。

 


『科学でいうところの物質は同一であっても、感じ方は十人十色』というのが個人的な解釈


ポリファーマシー polypharmacy や Potentially Inappropriate Medications (PIMs) も、ある人にとっては問題であるが、ある人にとっては何の問題もない


例えば高血圧ガイドライン2014でいうところの高血圧患者について、介入が必要と考える医療者もいれば、不必要と考える者もいる

 

この差異は血圧という検査値だけでなく、個々の患者の予後を考えているか否かであろう

 

Qualia はときに言葉よりも大切なものであるが、コトバとは切り離せない

“感じ方” を形にするために、他者へ伝えるための手段としてはコトバが必要であるからだ

 

Life is what you publish it

EBMの父 David Lawrence Sackett とは?

臨床疫学という分野を初めて確立した医師

 

著書に Clinical Epidemiology や Evidence-based medicine (以下、EBM) がある

 

EBM を実践したい、そのために理解したいと想う方は原著論文1) を読んでみてはいかがだろうか

偉大なる父の考えに触れ、何か得ることができるかもしれない

しかし何も得られないかもしれない

 

Dr. Sackett は2015年5月13日 (享年80) に御逝去されました

奇しくも筆者の誕生日です

勝手にEBMとの運命を感じています

 

1) Evidence-Based Medicine Working Group. Evidence-Based Medicine. A new approach to teaching the practice of medicine. JAMA. 1992 ; 268 (17) : 2420-5. [PMID : 1404801]

https://www.cebma.org/wp-content/uploads/EBM-A-New-Approach-to-Teaching-the-Practice-of-Medicine.pdf

 

EBM というコトバの定義は個々の解釈にあずけます

以下はBMJのサイト

http://clinicalevidence.bmj.com/x/set/static/ebm/learn/665073.html