Proton Pump Inhibitor (PPI) の長期服用による精子への影響はありますか?(Fetil Steril 2016 Abstract only:charge)
PMID:27743698
⌘ 背景
これまでに Proton Pump inhibitor(PPI)長期使用により "認知症"、"低 Mg 血症"、"骨粗鬆症・骨折"、"ビタミン B12 の欠乏"、"鉄の欠乏"、"間質性腎炎"、"市中肺炎"、"感染性腸炎" 等のリスク増加が報告されている。しかし生殖機能への影響は不明である。そこで、妊娠を計画しているカップルのうち proton pump inhibitor 長期服用中の若い男性における精液パラメータへの影響を後向きに検討した。
⌘ PECOT
P case:精液検査を受けた若年男性 2,473 人のうち総運動精子数 total motile sperm count(TMSC)100 万以下の 241 例
P control:マッチする TMSC 100万超の 714 例
E:PPI の暴露
C:(PPI の暴露無し)
O:PPI 暴露および投与量
T:コホート内症例対症研究 Nested case-control study に相当する(Abstract には "Case-control study of a population-based registry" の記載有り)
⌘ 症例を集める基準は?偏りはあるか?(選択/抽出バイアスはあるか?)
オランダの人口データベース the Integrated Primary Care Information database(IPCI)* に登録されている 1996〜2013 年のデータを使用しており問題ないと考えられる。
⌘ 対象を集める基準は?偏りはあるか?(選択/抽出バイアスはあるか?)
Abstract からは不明だが、データベースよりマッチングを行っているため問題ないと考えられる。
⌘ 交絡因子の検討は充分か?(思い出し/情報バイアス等の測定バイアスはあるか?)
Abstract からは【年齢】および【PPI 以外の薬剤使用状況】の 2 点については検討されていることがわかる。他の因子については不明だが、一般診療記録を統合したデータベースを用いている、またデータベースに記録されたデータを用いていることからバイアスはほぼ無いと考えられる。
⌘ 結果は?
年齢と PPI 以外の薬剤使用を調整した結果、精液検査前 6〜12 ヶ月間の PPI 使用と低 TMSC のリスクは関連があり、オッズ比 2.96(95% confidence interval 1.26〜6.97)。一方、検査前 6 ヶ月以内の PPI 使用は、低 TMSC との有意な関係は示されなかった(詳細な値は Abstract に記載なし)。
⌘ 考察
6ヶ月〜 12 ヶ月の PPI 使用が総精子活動数 TMSC を低下させる、つまり精子の質低下との可能性が示唆された。これは年齢及び PPI 以外の薬剤使用について調整された結果であった。やはり PPI の漫然な長期処方の益は少なそうである。出来れば PPI 投与量等についても知りたかった。手持ちの情報だけでは因果推論までは出来なかった。今後の報告を待ちたい。
原著論文は有料であるため、ここからは推測だが TMSC 1×10^6 を基準にしているのは、この値未満の患者に対し『医師の約 90% が顕微授精**を勧める』という結果に基づいていると考えられる(Total motile sperm count: a better indicator for the severity of male factor infertility than the WHO sperm classification system. - PubMed - NCBI
PMID: 25788568)。
⌘ 追加情報
① 海外のデータベースをリストアップしているサイト:INTERNATIONAL SOCIETY FOR PHARMACOEPIDEMIOLOGY (ISPE)
② IPCI*:オランダ全土から選ばれた診療記録タイプのデータ(代表例としては家庭医 General Practitioner:GP の電子カルテ情報)を基にした長期観察研究用のデータベース。 主な登録情報は【生年月日】、【性別】、【患者 ID】 、【症状・診断名】、【処方薬剤】、【療法】、【入退院】、【身体所見】、【臨床検査値】など。GP のコンピュータから匿名化され毎月ダウンロードされている。疫学研究や薬剤疫学研究に用いられている。
③ 顕微授精**(ICSI:intracytoplasmic sperm injection):体外受精とは異なり、精子を直接卵子内に挿入する方法。他の治療法に比べ高価だが妊娠の可能性が高くなる。