論文至上主義をゼロから考える〜その薬の効果はどのくらい?〜

猫好きの猫になりたい薬剤師です。どう医療に関わっていくか等々、薬剤師の一人である自身の感じたこと、考え方を投稿していきます。備忘録的な役割が大きいです。本ブログの記載内容については一切の責任を負えません。原著論文を参照して下さい。また情報の二次利用につきましては各々の責任でお願いいたします。記載内容に誤りがありましたら、ご指摘いただけますと幸いです。お問い合わせはこちらまで→【noir.van13@gmail.com】

ア・プリオリpriori と ア・ポステリオリposteriori とは?

カントの認識論で、よく用いられているコトバ。

 

私個人の解釈では、

ア・プリオリとは "経験によらず" もともと備わっている能力や個性。つまり経験から独立した認識。

→ 先天的、直感的なものという『コトバ』。

→ 分析的な判断は、その真偽において経験を必要としないためア・プリオリである(厳密に言えば、分析的判断を下すのに経験が必要)。

→ センス?

 

ア・ポステリオリとは "経験により" 得られた認識。ア・プリオリと対極に位置するとされる。

→ 後天的、総合的なものという『コトバ』。

→ 総合的な判断を下す為には、分析的判断に加え、経験に基づいた能力、知識が必要である(厳密に言えば、総合的判断を下すのに一部直感も必要)。

→ 努力?

 

"倫理的に人を殺しては行けない"とか、"モラルの観点からAよりBの方が良い"とか、"〇〇は当たり前だ" とかいう認識は、個々のアタマの中にあって、これをカタチ作るのは環境や経験であると考えている。

 

従ってアプリオリもアポステリオリも各々が独立するものではなく、個人の認識を構築する上でのアプローチの違いであり、認識構成に影響を与えあうコトバであると個人的には認識している。

 

 

以下は大辞泉よりの引用

⌘  ア‐プリオリ(〈ラテン〉a priori)

[名・形動]《より先なるものから、の意》中世スコラ哲学では、因果系列の原因あるいは原理から始める認識方法をいい、カント以後の近代認識論では、経験に依存せず、それに先立っていることをさす。 

 

⌘  ア‐ポステリオリ(〈ラテン〉a posteriori)

[名・形動]《より後なるものから、の意》中世スコラ哲学では、因果系列の結果あるいは帰結から原因や原理へ向かう認識方法をいい、近代認識論では、経験に基づくことをさす。

大動脈弁狭窄症患者における厳格な脂質管理は有益ですか?(SEAS trial)

ここ数年どんどん処方数が低下していると感じるエゼチミブ(商品名:ゼチーア)。

何が問題なのか?今更ですが初期のトライアルを取り上げます。

www.ncbi.nlm.nih.gov

論文タイトル:Intensive Lipid Lowering with Simvastatin and Ezetimibe in Aortic Stenosis(PMID: 18765433)

 

⌘ 背景

75 歳以上の 3〜5% は大動脈弁狭窄症を有し、冠動脈疾患や心筋梗塞による死亡リスク増加の一因であることが報告されている。重傷例では大動脈弁置換術しか治療法は無い。またスタチンによる大動脈弁狭窄症増悪に対する抑制効果は、(2008 年時点において)小規模の症例対象研究や RCT しか報告されておらず、効果も限定的であった。そこでスタチンの一つであるシンバスタチン(商品名:リポバス)とエゼチミブ併用による大動脈弁狭窄症増悪抑制効果を検証した。

 

⌘ PICO

P:心エコーで軽度~中等度の大動脈弁狭窄症と診断された 45~85 歳の男女、1873 例

(多施設:欧州 7 ヶ国、計 173 施設)

I :シンバスタチン 40mg+エゼチミブ 10mg(once daily intake)

C:プラセボ

O:複合アウトカム。

primary --- 心血管死、大動脈弁狭窄症関連イベント(大動脈弁置換術、うっ血性心不全)、非致死的心筋梗塞(MI)、入院を要するイベント(不安定狭心症心不全、CABG、PCI)、非出血性脳卒中脳梗塞

secondary --- 大動脈弁狭窄症イベント及び虚血性冠血管イベント

 

⌘ 研究デザインは?ランダム化されているか?

RCT

(一部 SAS trial という小規模かつ非公開試験からの組み入れ有り。SAS trial は MSD 社内データらしく閲覧できなかった)

 

⌘ ランダム割付が隠蔽化されているか?(selection bias は無いか?)

不明だが多施設で実施されており、中央割付であると推測できる。下記は試験デザインペーパーだが有料。

Design and baseline characteristics of the simvastatin and ezetimibe in aortic stenosis (SEAS) study. - PubMed - NCBI

 

⌘ マスキングされているか?(ブラインドか否か?)

Duble-blinded

 

⌘ プライマリーアウトカムは真か?

真だが注意点あり。複合アウトカムであり、バイアスがかかりやすい入院を要する項目がある。

 

⌘ 交絡因子は網羅的に検討されているか?

大項目で 15 因子について検討されているため問題無いと考えられる

年齢、性別、人種(白人99%)、血圧、喫煙、BMI、心房細動、房室ブロック、前立腺肥大症、腫瘍(良性/悪性/不特定)、治療薬(ACEi/ARB/CCB/BetaB/抗血小板薬/抗凝固薬/利尿薬/ジギタリス製剤)、検査値(血糖、Cre、eGFR、hs-CRP)、脂質、心エコー検査

 

⌘ Baseline は同等か?

同等である

 

⌘ ITT 解析されているか?

ITT 解析

 

⌘ 追跡期間は?

52.2 ヶ月

 

⌘ サンプルサイズは充分か?

計算されており問題ないと考えられる

The study had a power of 90% to detect a reduction of 22% in the relative risk of the primary outcome.

 

⌘ 結果

・Primary outcome (composit)

→ シンバスタチン+エゼチミブ群 333 例(35.3%) vs. プラセボ群 355 例(38.2%)で両群間に有意差なし:HR=0.96(95%CI:0.83~1.12、P=0.59)

 

・心血管死

→ 47 例(5.0%) vs. 56 例(6.0%)で有意差無し:HR=0.83(0.56~1.22、P=0.34)

 

・大動脈弁置換術

→ 267 例(28.3%) vs. 278 例(29.9%)で有意差無し:HR=1.00(0.84~1.18、P=0.97)


・大動脈弁狭窄症進展によるうっ血性心不全

→ 25 例(2.6%) vs. 23 例(2.5%)で有意差無し:HR=1.09(0.62~1.92、P=0.77)


・非致死的MI

→ 17 例(1.8%) vs. 26 例(2.8%)で有意差無し:HR=0.64(0.35~1.17、P=0.15)


・CABG

→ 69 例(7.3%) vs. 100 例(10.8%)で有意差あり:HR=0.68(0.50~0.93、P=0.02


PCI

→ 8 例(0.8%) vs. 17例(1.8%):HR=0.46で有意差無し(0.20~1.05、イベント数が少ない為 NA)


・不安定狭心症による入院

→ 5 例(0.5%) vs. 8 例(0.9%):HR=0.61で有意差無し(0.20~1.86、NA)


脳梗塞

→ 33 例(3.5%) vs. 29 例(3.1%):HR=1.12で有意差無し(0.68~1.85、P=0.65)

 

・脂質値の変化(LDL-C)

→ シンバスタチン+エゼチミブ群は、試験開始時 140mg/dL が 8 週間後には 53 mg/dL で 61.3% の低下。追跡期間全体では 53.8% の低下。一方、プラセボ群では追跡期間全体で 3.8% の低下。一応 P<0.001。

 

 

⌘ 結論および考察

エゼチミブの一次アウトカムに対する効果はかなり限定的

脂質低下作用及び CABG による入院の抑制に伴う虚血性冠血管イベント抑制は一応証明された。


シンバスタチン+エゼチミブ群では微妙な結果に加え、なんと癌と診断された患者数がプラセボ群に比べ有意に高かった(105 vs. 70、P=0.01)。

 

f:id:noir-van13:20161129013755p:plain

 (Figure 4. 本文より引用)

 

そこで当時進行中だった SMART および IMPROVE-IT、2 つの試験を途中解析し、約 20,000 人の患者で再検討(at the section of Discussion)。結果、プラセボ群と比較し癌発生率増加は認められなかったとのことだが、リスクベネフィットの観点からは楽観視できないだろう。そりゃ処方数減るよね。

 

そうそう、日本では患者数が少ないとされている家族性高コレステロール血症(FH)患者で大動脈弁狭窄症の発症が多いことが指摘されています。また日本での診断方法に問題があり、実際はもっと FH 患者数は多いのでは? との意見もあるようです(まぁ、PCSK9 等の新しい薬があるからエゼチミブの出番は無いかもだけど)。この真偽については次回検討します。

 

さらに SMART や IMPROVE-IT についても今後読んでみようと思います。

以上です。

かかりつけ薬剤師とは何ですか?

はじめに断っておくと、2016年4月1日からはじまった制度の説明ではありません。

私の内のコトバの定義を記します。

と、言いつつ制度内容にも触れます。

 

 

ある先生のコトバにかなり影響を受けている私、その私が考えている "かかりつけ薬剤師" とは、

『患者さんが困ったときに顔が浮かぶ薬剤師』

『なんでも相談しやすい薬剤師』

『処方箋がなくても話をしたい薬剤師』

です。

 

このような文字を羅列すると、患者に寄り添いすぎでは?という意見も出そうなものです。

私が言いたいのは『まず寄り添ったっていいじゃないか』という事です。

 

個々人が正しいと信じる医療行為あるいは介入は個々人の考えで、各々のアタマの中にあることです。

これは治療を受ける患者とは、そもそも切り離されていると考えた方が自身の考えを俯瞰するのに適していると私は考えます。

 

その上で長期的な薬の服薬サポートはもちろん、不定愁訴があれば処方提案もしますし、飲めない薬の管理もする。

まず寄り添わずして不定愁訴を聞くことができるのでしょうか?

寄り添いながらも俯瞰する。一旦は受け止め、その後に向き合ったって遅くはないのでは?と私は言いたい。

 

これは患者さんの困っている事に対してのソリューション、コンプライアンスアドヒアランスの向上が、医療あるいは医療行為を行う上で良いであろうと考えているアタマの中の私が先行しているからに他なりません。

 

そして今まで正しいと信じて行ってきたことが、今年度、2016年4月からは新たな制度として明文化されました。

 

最初は、この制度自体に疑問を抱いていました。

なぜ明文化されたのか?

なぜ今まで行ってきたことが調剤報酬として評価されるのか?

薬剤師は仕事をしてこなかったではないかという意見の根拠は何か?

薬局数を半分(あるいはそれ以下)にするという構造は何か?

 

そして、こうも考えるようになりました。

『この疑問は解消するのではなく、常に自分に問いかけながら仕事しよう』と。

 

2年に1度の診療報酬改定と調剤報酬改定、次回は2018年度、介護報酬改定との同時改定です。かかりつけ薬剤師に求められることがさらに増えるのかはわかりません。

本当は現場から声を発していき、それが制度として盛り込まれる形にしたいものです。

 

そうそう、制度がどう変わろうとも薬剤師としてやるべきことは変わらないのでは?という意見も時々見かけますが、ヒトはそんなに強くないよと言いたい。

ちょっとしたコトバに同調することもあれば、自身の考えを疑うこともある。つまり制度改定という変化に影響を受ける生き物なのです。

 

制度というルールの中で薬剤師一人一人が日々変わっていないのであれば、それは怠慢であり退化です。

現状維持はヒトが日々変わっているから出来るのであって、以前の私と今の私、未来の私の間に同一性はないのです。

 

自身のアタマの中の薬剤師像を追いかけながらも常に俯瞰し、正しいと信じる医療を実践するためにエビデンスを探し、目の前の患者に対し最適であろうと信じる医療は何かと自問自答していくのが、私の考える『かかりつけ薬剤師』です。

 

そして、この考えはEBMという行動指針によって実現可能ではないかな?と考えています。

処方提案するときに心がけていることは何ですか?

本題に入る前にコトバと現象について触れておきたい。

私が当たり前と考えていることをコトバにしたい。

 

ある現象をコトバで説明しようとするときに各々、個々人の頭で考えている。

そんなの当たり前だ!と言われそうだがココが重要なのである。

 

コトバを発しているのが個人なのだから、そのコトバを形成しているのも個人ということだ。

 

これを踏まえた上で処方提案というコトバを考えていきたい。

 

『処方提案』     と     処方『提案』

同じコトバだが私が恣意的に鉤括弧をつけることで見え方、捉え方が変わったのではなかろうか。

ちなみに私の捉え方は後者なので、後者の視点で書かせていただく。

 

あくまで『提案』なのだ。

どんなに良いと思える臨床試験の結果も、こと処方提案においては個人が恣意的に結果を切り取っている可能性が高いからである。

また臨床試験の参加者のバックグラウンドに全てが合致する患者さんも、目の前にほとんどいないのではなかろうか。

 

つまり自分が良いと思う、あるいは興味がある方向に提案内容が引っ張られてしまうのだ。

 

これまた当たり前だ!と言われればその通りなのだが、ここを前提に提案内容を吟味できるかが医師や患者さんと良好な関係を保つのに必要であると考えている。

 

これらを踏まえた上で私が実践している処方提案の流れを以下に記す。

ちなみに最初は必ず文書で処方提案し、その後、必要な際に電話しています(今のところ対面はないです汗)。

①患者さんの直近の状態と愁訴をまず示す

②愁訴の原因(となっている可能性の高い)薬を示す

③代替薬を示す、あるいは中止してみてはどうかと促す

④『必要があれば』エビデンスとなる文献情報を示す

⑤介入後、患者さんが病院を受診する前に薬局に来た場合は、そこで得られた情報をすぐ処方医と共有する

⑥継続的フォローはもちろん、変化があればすぐ処方医と情報共有する

 

またまた当たり前のことですね。でも、この当たり前のことが『かかりつけ薬剤師制度』が導入される前は難しかった。

 

ちなみに、これも当たり前ですが医師の処方内容を否定しません。なぜなら現行の医療行為を根底から覆せる明確なエビデンスはないと考えているからです。

 

そうそう、私は処方提案したうちの10%でも受け入れて貰えれば良いなぐらいに考えてます。まずパイプを作り、徐々に介入していければ良いなと思っています(患者さんの愁訴が重い場合は急ぎますし、羅列するエビデンスの量も増えますが、、、)。

 

まぁ、たいてい医師が思い切った判断をすることが多く、さらには、こちらが提案したこと以上の処方変更をしてくれることが多く、驚かされていますが。

 

医療は曖昧であり、曖昧なまま受け入れ、その曖昧な中から選択するしかありません。

もちろん治療介入せず経過観察するというのも選択肢の1つです。

 

そして最終的な判断は患者さんにあるなとも考えています。

処方内容や既往歴等から、処方提案をしたいなと思うこともありますが、患者さんが『今の薬で症状が安定している。この薬で私は普通の生活ができている』と現状維持で良いと判断しているならば介入する必要は無いのでは?(ここは意見が分かれるところだと思います)

 

以上です。批判的意見もあるとは思いますが、ご容赦いただけますと幸いです。 

海外の臨床試験の結果を日本人に当てはめられますか?

EBMを実践しようと論文を読み始めたときに、ふと『海外のデータばかりだな、日本人に活用できるのかな?』と思った。

 

今考えるとナンセンスで、どーでも良いことなのだが、当時の自分にとっては重要だった。

 

そんなとき、ある先生のコトバに横っ面をひっぱたかれた。

 

以下、一部抜粋。

『質問者は海外データはそのまま日本人に使えない、ということを主張したいのでしょうか。
それに対し私に何の反論もありません。その通りだと思います。しかし、ことさら人種差を持ち出すというところに違和感があります。
人種差は個人差の一要素に過ぎません。男女でも違いますし年齢でも違います。細かい病態も個人個人で違います。その一要素として人種を考慮することは重要です。

ただ、真っ先に人種差を問題にするというのはどうなんでしょうか。それはバイアスなのではないでしょうか。そう言いたいわけです。

これをもう少し一般化すると情報の外的妥当性の吟味ということです。

そもそも研究結果は研究に参加した平均的な人たちに対するものであって、個別の患者に適応する際には日本人のデータであろうが海外のデータであろうが個別的な適応、つまり外的妥当性があるデータなのか検討する必要があります。

人種の問題は、そういう当たり前の問題にすぎません。
エビデンスは、しょせん目の前の患者とは異なる集団での平均値に過ぎないのです。』

 

『人種間のばらつきは、人種内のばらつきに比べればかなり小さいというのが普通です。人種をことさら問題にするのは、こうした視点で考えてもナンセンスです。』

 

確かにそうだと思います。この日からEBMのStep4の実施が肝であるなということを考えるようになりました。

ピロリ菌の除菌治療は3剤より4剤の方が良いですか?

前回に続きピロリ関連の文献を紹介します。2016年 Lancet 誌に掲載された以下の論文です。

www.ncbi.nlm.nih.gov (PMID: 27769562

 

⌘ それではPICOから

 P:ピロリ菌陽性*の 1620 人(20 歳超の男女)

 I :ビスマス 4 剤療法、10 日間

  (2 クエン酸ビスマス 3 カリウム 300 mg、1 日 4 回

   +テトラサイクリン 500 mg、1 日 4 回

   +ランソプラゾール 30 mg、1 日 2 回

   +メトロにダゾール 500 mg、1 日 3 回)

 C:3 剤療法、14 日間、1 日 2 回服用

  (ランソプラゾール 30 mg+アモキシシリン 1 g+クラリスロマイシン 500 mg)

   併用療法、10 日間、1 日 2 回服用

  (3 剤療法+メトロニダゾール 500 mg)

 O:primary --- 1 次治療終了 6 週間後の呼気検査での除菌率

     secondary --- 有害事象とコンプライアンスの程度

 

*:迅速ウレアーゼ試験、組織学的、血液培養または血清検査のうち 2 つ以上の試験で陽性を示したか、尿素呼気テストで 13C 尿素値が陽性

 

⌘ 研究デザインは?ランダム化されているか?

ランダム化比較試験

割り付けは封筒法

 

⌘ ランダム割付が隠蔽化されているか?(selection bias は無いか?)

隠蔽化されている

「the  sequence  was  concealed  in  an opaque envelope until the intervention was assigned.」との記載有り

 

⌘ マスキングされているか?(ブラインドか否か?)

オープンラベルである

アウトカムからみてブラインドで行う有益性は低い

 

⌘ プライマリーアウトカムは真か?

真である

胃がん発生や死亡と比べると代理アウトカムの分類であるが、従来治療との比較という目的においては真であると判断した)

 

⌘ 交絡因子は網羅的に検討されているか?

 大項目で 18 因子について検討されているため問題ないと考えられる:性別、年齢、喫煙、飲酒、胃潰瘍、十二指腸潰瘍、CYP2C19 低代謝群 (PM)、BMI、体重、23S rRNA 変異(クラリスロマイシン耐性株で変異していることが多い)、GyrA 変異(ニューキノロン耐性株)、クラリスロマイシン耐性、メトロダゾール耐性、アモキシシリン耐性、レボフロキサシン耐性、テトラサイクリン耐性、Hピロリ陽性(血液検査、ウレアーゼ試験、組織診断、培養、尿素呼気試験)、胃体部の萎縮

 

 ⌘ Baseline は同等か?

同等である

 

⌘ ITT 解析されているか?

ITT 解析および per protocol 解析を実施

 

⌘ 脱落はどのくらいか?

Primary outcome において、どの群も追跡率は 80% を越えている

問題無し

 

⌘ サンプルサイズは充分か?

『a statistical power of 80% (1–β) at an α level of 5% significance on a two-sided test」

計算されており問題無し(事前検討で 400 あれば良いとの計算なので多い)

 

⌘ 結果は?

Primary outcome;

ビスマス 4 剤療法群の除菌率は 90.4%(488 例/540 例、95%信頼区間[CI]:87.6~92.6)で最も高かった。

次いで併用療法群で 85.9%(464 例/540 例、同:82.7~88.6)。

従来の 3 剤療法群は 83.7%(452 例/540 例、同:80.4~86.6)と一番低かった。

ビスマス 4 剤療法群の除菌率は、3 剤療法群に比べ有意に高率だった(群間差:6.7%、95%CI:2.7~10.7、p=0.001)。

一方、併用療法群との比較では有意な差は認められなかった。また、併用療法群と 3 剤療法群との比較でも有意差はなかった。

 

Secondary outcome:
有害事象発生率は、ビスマス4剤療法群が67%、併用療法群が58%、3剤療法群が47%だった。 

 

⌘ 考察

以前の臨床試験では、日本を含むほとんどの国で抗生物質に対する感受性検査が行われておらず、結果の一般化はある地域に限定されていた。
本ランダム化比較試験では、抗生物質への耐性や CYP2C19 多型、さらに細菌毒性因子(CagA および VacA)等、ピロリ菌除菌に影響を及ぼす可能性のある因子を広範に評価していた。従って人種差も含め genetic な背景の影響は少ないと考えられる。特にピロリ菌の感染はアジア圏に
多いことが知られているので、本結果は日本人にも充分に活用できると個人的には考えています。

 

但し、現在の日本の状況に当てはまるかは、もう少し考察が必要であると考えられます。特に薬剤の用量や投与期間は日本のレジメンと異なっています。

 

ですので、ここからは日本でのピロリ除菌について確認してみます。

以下は 2016 年 5 月発売のボノプラザン(商品名:タケキャブ)の添付文書から作成。

 

表10

各薬剤の1回投与量  除菌a)率  群間差 
ボノプラザン20mg
アモキシシリン水和物750mg(力価)
クラリスロマイシン200mg(力価)又は400mg(力価) 
     92.6%
 (300/324例)*

16.7%
[11.172%, 22.138%]b)

p<0.0001 c) 

ランソプラゾール30mg
アモキシシリン水和物750mg(力価)
クラリスロマイシン200mg(力価)又は400mg(力価) 
     75.9%
 (243/320例)*
 


( )*は除菌成功例数/評価例数
a)13C-尿素呼気試験の結果が陰性
b)投与群間差、 [ ] は両側 95% 信頼区間
c)許容限界値を 10% とした Farrington and Manning による非劣性検定

 

除菌失敗についての危険度は以下の通り:

 相対危険度 Relative Risk (RR): 0.30784

 相対危険度減少率 Relative Risk Reduction (RRR): 69.2%

 絶対危険度減少率 Absolute Risk Reduction (ARR): 16.7%

 

つまりボノサップはランサップと比べ、除菌失敗を 16.7% 減らせる

 

→ボノプラザンを使用すると除菌率高い!なんと 90% 超え!

論文内容の批判的吟味を行ってきたけど、日本でのピロリ菌除菌はボノサップパックとかボノピオンパックで良いんじゃない?というのが個人的感想

しかも1週間で除菌完了する

 

但し、日本ではクラリスロマイシン耐性菌が多いとの報告もありますので、今後、治療レジメンが変更になる可能性も充分にあると思います。

 

ちなみにボノサップパックもクラリスロマイシンの用量で 400 と 800 のパック製剤が販売されていますが除菌率に差異はないようです。

では、なぜ 2 規格販売になったのか?

これはランサップにならってというのが背景にあるそうです。

 

T 社の MR さんは、除菌率変わらないので薬価やコンプライアンスの観点からもボノサップパック 400 を推奨しています。できればデータを示して欲しいですよね!

→ということで調べてみました。

www.ncbi.nlm.nih.gov

(PMID: 26935876)

ボノプラザン 20 mg+アモキシシリン 750 mg+クラリスロマイシン 200 mg あるいは 400 mg(すべて 1 日 2 回、7 日間投与)の試験が行われ、除菌率はクラリスロマイシン 400 mg/day 投与群で 93.3% (152/163)、同 800 mg/day で 91.9% (148/161) と有意差は無かった。確かな情報でしたね!

→実はこのデータ、インタビューフォームに載っていました。MR さん、勉強不足でごめんなさい。

ピロリ菌除菌後にすぐ検査すると偽陰性となるのはなぜですか?

背景:Helicobacter pylorH. pylori)感染の診断と治療のガイドラインに以下の記載がある。またネット上では偽陰性を生じる薬剤として下記の薬剤が掲載されていた。

 

H.pylori感染の診断と治療ガイドライン (2009) 

PPI や一部の防御因子増強薬等、H. pylori に対する静菌作用を有する薬剤が投与されている場合、除菌前後の感染診断の実施にあたっては、当該静菌作用を有する薬剤投与を少なくとも 2 週間は中止することが望ましい1-3

→迅速ウレアーゼ試験および尿素呼気検査が特に影響を受ける

 

偽陰性を生じる可能性のある薬剤
プロトンポンプ阻害剤 (PPI)
 ランソプラゾール、オメプラゾール
→他の PPI も影響する。これはウレアーゼ活性抑制作用に起因している。
 
抗生物質全般
→でしょうね。
 
③胃粘膜保護剤
 スクラルファート、エカベト
→知らなかった。そこで論文検索したら、エカベトレバミピド尿素呼気検査において低値を示す可能性があるが、有意ではないとのこと。つまりPPI ほど気にしなくて良いのでは?というのが個人的見解。ちなみにランソプラゾール(PPI)、ニザチジン(H2-RA)、エカベトナトリウム、レバミピド、テプレノン、塩酸セトラキサートおよびスクラルファート(防御因子増強薬)について検討されているが、有意に偽陰性を示したのはランソプラゾールのみ(PMID:14614600)。
 
ビスマス製剤
 次硝酸ビスマス
→2016 年、ピロリ菌除菌における 4 剤併用療法の論文が発表された。結果は後ほど。

 

目的:原著論文にあたることで「検査前後の薬剤投与中止 2 週間の根拠」を明らかにする

 

方法:Pubmed での論文検索

 

結果:

1) Chey WD. Proton pump inhibitors and the urea breath test: how long is long enough?

 Am J Gastroenterol 1997; 92: 720-721.(PMID: 9128344

→本文は読めなかった。Am J Gastroenterol 1996; 91: 2120-2124.(PMID: 8855733)に対するコメント文献。

→元論文:十二指腸潰瘍患者におけるオメプラゾールのピロリ菌移行について検討した文献。

 P:4 週間オメプラゾールを投与された十二指腸潰瘍患者

 I :投与後 4-6 週間後に肛門生検(Genta染色:鍍銀法)の培養および組織学的検査

 O:H.pylori の有無または生検当たりの H.pylori コロニー数

 

結果:尿素呼気検査で false-negative となる可能性と、オメプラゾールによってピロリ菌が幽門洞から胃底部に移動するという説を否定する結果であった。

結論: オメプラゾール(PPI)は静菌作用を有しており、休薬 0〜2 週間後の尿素呼気検査では休薬不十分であるとする根拠の一つを示した。

 

2) Laine L, Estrada R, Trujillo M, et al. Effect of proton-pump inhibitor therapy on diagnostic testing for Helicobacter pylori. Ann Intern Med 1998; 129: 547-550. (PMID: 9758575

→Abstract のみ読めた。

目的:PPI 投与患者の尿素呼気検査結果の陽性から陰性への変換の頻度および期間を決定するための試験


設定:2つの都市大学胃腸科クリニック
 P:尿素呼気検査で陽性結果を示したH.pyloriに感染した患者
 I :ランソプラゾール 30 mg /日、28 日間
 O:尿素呼気試験を 28 日間実施。結果が陰性であった場合、治療完了後、 3、7、14
および 28 日後に試験を繰り返し、結果が陽性に戻った。


結果:H. pyloriが根絶されなかった 93 人のうち 31 人(33%)で呼気検査結果が陰性で
あった。ランソプラゾール治療終了後の呼気検査結果が陽性であった患者の割合は、3日目で 91%(95%CI:83%〜96%)、7 日目で 97%(90%〜99%)、14 日目で 100%(96%〜100%)であった。

 

結論:H.pylori 感染者が尿素呼気検査を受ける前には PPI を 2 週間休薬する必要がある。

 

3) Graham DY, Opekun AR, Hammoud F, et al. Studies regarding the mechanism of false negative urea breath tests with proton pump inhibitors. Am J Gastroenterol 2003; 98:1005-1009.(PMID: 12809820

→全文フリーで読めた。

 

 P:30 人(男 53.3%;平均 42.5 歳  37–55)の H.pylori 感染のボランティア患者

 I :オメプラゾール 20 mg を 1 日 2 回、13.5 日間投与

 O:尿素呼気検査(クエン酸を含む)は、PPI 投与前 1、2、4、7 および 14日、投与後 6.5 日に行った。また培養および組織学実験については、5 ヶ月以上の wash-out 後、被験者のうち 9 人がオメプラゾールで 6.5 日間再検討された。

組織学および培養のための腹腔およびコーパス生検を、PPI 投与前および投与に実施した。

 

結果:6.5 日目の尿素呼気検査では有意に減少した(陰性を示した;P = 0.031)。

10人の被験者(全体の 33%)が尿素呼気検査において一過性の陰性を示した。

尿素呼気検査においてPPI 投与後、4 日目では 1 人を除くすべての被験者で、14 日目には全ての被験者で回復が認められた(陰性から陽性に転じた)。

培養および組織学実験では、PPI 再検討時に 9 人の被験者のうち 3 人(33%)が尿素呼気検査で陰性を有した。ピロリ菌の密度については 、幽門洞生検で 5 例、胃底部生権で 3 例 が PPI 療法で陰性となった。

 

結論:オメプラゾール服用後の尿素呼気検査は、最低でも 3 日休薬後、出来れば 14 日後が望ましいとのこと。

 

 

以上の結果から、やはり 14 日間以上の休薬が必要である。

 (ピロリ菌の除菌薬服用後は、抗生剤の影響もあるため尿素呼気検査の実施は 4 週間以上あける必要がある)

 

ついでにピロリ菌の検査方法:

胃カメラを使用した検査方法
①迅速ウレアーゼ試験
②鏡検法
③培養法
胃カメラを使用しない検査方法
④抗体測定
尿素呼気試験
⑥便中抗原測定

 

→個人的には④と⑤の使用頻度が高いと感じている。患者さんの負担が軽いからかな?と思ったら、感度と特異度が共に 95% 以上あるようなので、これが根拠であると考えられる。保険の同時算定も可能なようです。

各検査の大まかな費用は下記サイトが分かりやすいかも。筆者は薬局勤務なので詳細はわからない。

www.pirorikin.com

そういえば「H.pylori感染の診断と治療ガイドライン (2016)」の作成方法については異論もあるようですね。
GRADE を使用していないのと、Minds 2007 を使用しているのが不適切とのことだが、ここの分野については詳しくないので、今後勉強します